2015年11月05日

頭が気になるお年頃


「……おお、さみぃ」

 冬の夕暮れ。
 身を縮こまらせて酒場のドアを潜ったサミュエルは、見知った顔を見つけてそのテーブルへと歩み寄った。

「よぉ、サム、久しぶりじゃねえか」
「レイチェルが流行り風邪でな。マリアの手が離せなかったから一人でギルドの依頼をこなしてた」

 最近は賭場よりも酒場でよく顔を合わせるようになったベンが、空いたコップに酒を注いでサムに差し出す。
 ベンの隣にはウィリアムもいて、こちらは既にほろ酔いのようだった。

「飲めよ。外は寒かったろう」
「ああ、今日は格別に冷えるな」
「それで、レイチェルちゃんの具合はもういいんですか?」

 コップの中身をぐいと飲み干すと喉が焼ける。
 その心地よさに低く唸ると、椅子にどっかと腰を下ろしてエルフに頷いてみせた。

「ああ、帰ったらかばいのししと転げまわってたよ。明日から学校へも行くんだとさ」
「……いっつも思うがよ。お前、なんで娘への土産がかばいのししなんだよ? もっと可愛いのにしてやりゃいいじゃねえか」

 呆れたように言うベンに、サミュエルはきょとんとした顔で言った。

「かばいのしし、かわいいじゃねえか」
「おいおい……ありゃブサイク代表じゃねえのか?」
「そうか? あのぽやんとしてるところなんか、マリアそっくりなんだがなあ」
「……あーそーかよ」

 無意識に漏れたらしいノロケに、ベンがぶすっとして頬杖をついた。
 一方ウィリアムはニッコリと微笑んでうんうんと頷く。

「わかる気がします。見てるとなんだか癒されますよね」
「……やらねえぞ」
「レイチェルちゃんのかばいのししを取り上げたりしませんよ」
「……そっちかよ」

 ぼそっと呟いたベンのツッコミはウィリアムの耳には届かなかったらしい。
 上機嫌で酒のコップを傾けると、耳まで真っ赤にしてウィリアムは微笑んだ。

「改めて考えると、レイチェルちゃんも学校に行く年なんですよね。月日が経つのは早いです」
「エルフのお前さんからしたらそんなの瞬きの間じゃねえのか?」

 そう言いながら、サミュエルは突っ伏したベンのコップに酒を注いでやる。

「自分の人生はそうですけど、みなさんの人生を眺めるのは違いますよ。やっぱり、同じ時間を過ごすからでしょうね」
「アーサーはいくつになったんだっけか?」

 身を起こして尋ねるベンにサミュエルはあー……と軽く天井を仰いで長男坊の顔を思い浮かべる。

「アーサーはこの間三つになった」
「あの坊主はお前に似たな」

 マリアに似た長女、サミュエルにそっくりな長男。
 二人の顔を思い浮かべて知らずサムの顔がほころぶ。

「ま、アーサーは将来間違いなく女泣かせになるな」
「泣かされる方じゃねえのか? 親父に似てよ」
「サムさん、マリアさんに泣かされたんですか?」
「泣かされるか!」

 慌てて怒鳴ったサミュエルをちらりと見やり、コップの酒を舐めつつベンが呟く。

「しかし、お前ももう結構いい年だろ。そろそろハゲんじゃねえのか?」

 ベンの言葉にどきりとした顔を見せて、確かに最近少々気になりだした髪をそっと撫でる。
 まだ、大丈夫。
 無毛ゾーンが存在しないことを確認しつつサミュエルはベンを見やった。
 その視線がベンの額に止まる。

「お前のデコの方がやばいだろうが」
「うるせえな、俺はいいんだよ。お前よりハゲる可能性は低いからな」

 ベンの言葉に、ウィリアムがきょとんとする。

「どうしてサムさんの方がハゲやすいんですか?」
「いや、そう決まったわけじゃねえぞ」
「俺よりコイツの方がガタイがいいだろ。筋肉ムキムキだとなんとかっていうのが多いからハゲやすいんだとよ」
「ははあ……そういうものなんですね」

 ベンの説明にウィリアムが頷くが、サミュエルはとんでもない、と首を横に振る。

「ベンは肉屋のババアの言うことを真に受けてるだけだ。まだハゲねえよ」

 そう言い返すサミュエルにふんと笑い、ベンはコップに酒をなみなみと注ぐ。

「いいじゃねえか。お前がハゲようがデブろうが、マリアはお前にベタ惚れだろうからよ」
「そりゃ……まあ……な」
「けっ、ごちそうさま。お前なんかとっとと帰っちまえ。マリアが待ってんだろ」

 まだ酒場に来てからそう時間は経ってないというのに、そう言われると無性にマリアの顔が見たくなる。
 サミュエルは懐から硬貨を掴んでテーブルに置くと、残った酒を一息に煽ってテーブルを立った。

「サムさん、帰るんですか?」
「ああ、俺のノロケでベンが死なねえうちにな」
「うるせえ、とっとと帰れ!」
「お気をつけて。マリアさんによろしく」

 酒場からの帰り道。
 冷たい風が地肌に染みる気がしてサミュエルは再び頭を撫でた。

「……まだ、ハゲてねえが」

 太らないようには気をつけてはいるが、毛髪だけは本人の努力だけでどうにかできるものではない。

「やっぱ……ハゲてねえほうがいいか……」

 一人ブツブツと呟きながら、サミュエルはマリアが待つ家路を急いだ。

「お帰りなさい」

 家の中の空気と同じくらい温かい声に迎えられ、サミュエルはホッと息をついた。
 リビングに入ると、マリアが一人で編み物をしている。

「……子供たちは?」
「寝ましたよ。ふたり仲良くベッドの中です。……なにか飲みますか?」

 そう言って立ち上がろうとしたマリアの肩を、サミュエルはそっと押さえた。

「いや、自分でやる。二人相手に疲れただろう?」

 労りの言葉に嬉しそうに微笑むと、マリアは編み物をテーブルに置いた。

「レイチェルがしっかりしてるので、そうでもないんです。とてもいいお姉さんですよ」
「……そうか」

 ハーブ酒をコップに注ぎ、サミュエルはマリアの隣に腰を下ろした。
 そのままマリアの肩を抱き寄せ、彼女の膨らみ始めたお腹にそっと手を当てた。
 三人目の命が、そこで着実に育っている。

「そろそろ……動くか?」
「そうですね、そろそろ」

 愛しそうに腹を撫でる夫の手に触れ、マリアの顔が蕩けそうに微笑む。
 とても幸せな時間だ。

「なあ、マリア」

 腹を撫でながら、どこかためらいつつかけられた声に、マリアはサミュエルを見上げた。

「はい、なんでしょう?」

 じっと見つめるマリアの視線に一瞬ためらって、サミュエルは口を開いた。

「俺がハゲたら、どうする?」

 サミュエルの問いにマリアの目がひとつ瞬きして。

「毛はえ薬でも作って欲しいんですか?」

 いつもと微塵も変わらぬ口調で問われてサミュエルは首を横に振った。

「いや……その、俺がハゲたら、お前の中で何か変わるかどうか……って話だ」
「逆に聞きますけど、サムはハゲたらサムじゃなくなるんですか?」

 マリアの問いに即座に首を横に振る。

「バカを言うな。ハゲたって俺に決まってる」
「じゃあ、何も変わりません。あなたが気になるなら毛はえ薬の一つも作りますけど」

 いつもと全く変わらない口調。
 それが嬉しくて、サミュエルはそっと妻に口づけを落とした。

「……まさか、私が嫌うとでも?」

 口づけの後のつぶやきに、知らずサミュエルの顔に苦笑が滲んだ。

「いや……ほら、男としては気になるだろうが」
「借金まみれで酒浸りのサムを好きになったんですから。ハゲたくらいで嫌いになりません」
「……そこだけ聞くと随分だな、俺は」
「でも、事実です」

 そう言われてはぐうの音も出ない。
 改めて妻を膝の上に横抱きにすると、サミュエルはその髪にそっと口付けた。

「参った、奥さん。俺の負けだ」

 サミュエルの言葉にマリアは小さく微笑んだ。

「愛してます。だから、今夜は寝かさないでくださいね?」

 あなたがいなくて、とても寂しかったんです。

 そう続いた言葉に、サミュエルは年甲斐もなく気恥ずかしい気持ちになるのだった。
【二次創作 金鐘の最新記事】
posted by 乙SUN倶楽部 at 20:20| Comment(0) | 二次創作 金鐘
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: